演技・技術関連

その怠惰は本当に感じているものだろうか?

ひろ
ひろ
こんにちわ、ひろです。

専業でボイスオーバーアーティストを生業にしています。

まずボイスオーバーってなに?という人はこちら。

要するに、「声優・ナレーションをはじめとする宅録で行う声のお仕事全般」を指します。

専業1年目にしてボイスオーバーで月収100万円を達成した経験を元に、

声を仕事にしてみたい、副業を作りたいという人、

TV・アニメで活躍する声優やナレーターを目指しているという方へも、

有益な情報をお届けしたいと思っています。

人間変わるものだなぁ

別に性能が上がったということでもないだろうけれど、

今が、人生の中で一番ONな感じがする。

とにかく眠い人生でした。

中高では授業中に眠気に襲われて、ラストの5分が永遠とも取れるくらいの時間過ごし、

好きな事をやってもいけない、でも授業は面白くない。

それが5、6回毎日あるという地獄を味わっていました。

そこから専門では無理やりやりたい事ができるようになって、自分の意思でやろうと思った事の大切さを感じました。

それでもやらないといけない事以外は惰性で動いて、特にならない事については全く動けず。

休みでなにもしなくていいとなったら声優についてより研究をしようと前日までは思っていても、寝るかゴロゴロしながらゲームなどして気づいたら夜みたいな。

そんな状態がずっと続いて、講師時代はより忙しくなってきましたが、それでも休みの日はできれば何もしたくないという状況。

そしてフリーランスとして一定の稼ぎを得た現在、常に何かすることはないかと家の中を動いています。

中高や20代の自分がそれを見れば少し希望が持てるくらい変わったっていうのはなんなんだろうなーと時に思います。

これが20代にあればもう少し一角の人間になれたのかなぁとも。

今にして思うと、当時の眠たいというのは、睡眠時間的な事などではなく、人間関係や家族関係であんまり上手くいっていないストレスとか、勉強もできなくて学歴もつきそうにない、将来の不安など、

色んなものがのし掛かって自分を閉じさせようとしていたという事なのかなーと。

努力したくてもできない、休みの日に体が動かない、何も考えられない。

度々TVで若者の貧困などの話題を目にし、ちょっとした情報をググるだけでそこから抜け出せると思うんだけどと、ふと20代の怠惰な自分を棚に上げて思ってしまう事があります。

貧すれば貪する。

たまに聞いて面白い音だなーくらいにしか思っていなかったこの言葉が、最近は明確な輪郭を持って実感するところ。

それってでも富しないと貧していたことに気付けないよなーと思うと、やっぱり怖いなーと思いますし、

無料のメディアでQOLを上げるための発信をしているインフルエンサーさんたちは尊いなーと思ったりします。

まぁちゃんと何が言いたいのかわからなくなってきていますが、

すごい人を見て感じる気持ち。

そんな努力ができない、時間がない、お金がない、休みが欲しい、自分なんて、

そういったネガティブなものの一つ一つは、本当に、そうなのだろうか?それらの現象は環境がそうさせているのではないだろうか。

感じ方は自分の中にしかない、という普遍的なおもろないけど重要な発見でした。

考えるより行動、本当に好きな事をした方がいい、鏡の法則、自分自身に何が今したいのか聞け。

世の中のあらゆる至言は本当にもっともで、今になってそのとーーり!とも思うけど、

それがあの頃の自分を動かせなかったのは事実で。

うまーいことサイコロが転がって満足いく状態になった人たちが、やっぱそういうことだよねっていう再確認の為のツールだよなぁとか思っちゃいます。

回り道をして得たものもあったりするし、乗り越えられなかった壁のおかげで見つかったものもある。

まぁ周りが言える事って、「それでいーんじゃない?」ということしかないのかもなーと思う今日この頃。

馬を池に連れて行って、水を飲むかは馬次第。

そこに責任を持たなくていいし持つべきでない。

アドラーの教えも胸に、期待せず伝えていこう。

ではでは。